2009年 01月 08日 ( 2 )

 

グッド・ばいばい

えっと~。ちょいとしんみり記事が続きすぎたんで。
別の記事も一発w。


いきなりですが。

太宰 治


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写真左は田村茂氏撮影(日本の文学所収)
写真右は林忠彦氏「文士の時代」p92の有名なルパン(酒場)での太宰

青森県出身のこの作家。一度はお手にとって読まれた方も多いと思います。

奥野健男をして、「太宰治は人間失格一編を書くために生まれてきた文学者であり、この一編の小説により、永遠に人々の心の中に生き残るであろう。」(太宰治「人間失格」1967,新潮社・新潮文庫、p137-解説)
と評せしめた希有な才能の持ち主。

「津軽」「斜陽」
「走れメロス」←教科書に載ってましたな。
「ヴィヨンの妻」「トカトントン」「新ハムレット」等々・・・・

そして、「桜桃」「グッド・バイ」・・・

1948年、6月、玉川上水に入水し、
39歳という若さでこの世から去っていった作家。
毎年6月には桜桃忌が催され、多くの太宰ファンに悼まれ、惜しまれ続けている作家。

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自画像(「日本の文学」所収)

1909年生まれの太宰治。この作家の生誕100年を記念する行事が

~津鉄に乗って太宰を読もう~という企画。

主催は五所川原市立図書館で、

「太宰治生誕100年記念企画」

と銘打って、これからイベントに参加されるすべての方々が太宰の本を読めるようにと
太宰の本の寄贈を求める告知を始めました。


もし、お手元に読了した太宰の本をお持ちで、寄贈に抵抗のない方がいらっしゃいましたら、ご協力をおねがいします。

当ブログにリンクいただいているスッテキな写真をアップされている「日々是電脳写真」の管理者chaoさまこと工藤久雄さまから、この告知を知りました。

ご寄贈いただける方は下記で、ご確認いただければと思います。

五所川原市立図書館「太宰治生誕100年記念企画」

~津鉄に乗って太宰を読もう~
送り先・問い合わせ先
 〒037-0046 青森県五所川原市栄町119番地
 五所川原市立図書館
 TEL 0173-34-4334
 メール tosyokan@goshogawara.net.pref.aomori.jp

※文庫本でも、全集でも、よろしいそうです。うちんちは、文庫本を送る予定です。
  エクスパックが便利かも。速いし。あ。メール便の方が安い?
  それは、失礼。そこら辺は、ご自身の裁量で。一つ、どうぞよろしく。


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うちんちは、こちらの少々色の変わった(笑)文庫本を送らせて頂こうとおもってますw。
おませな文学ショウジョぶりに、ジブンでもあきれる程古いわ。

太宰の入っている日本文学全集ちゅうのもあるのだけれど。
こんれが、また。

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超豪華なラインナップの編集委員で。こちらは、ちょいとご勘弁~ですの。
すんません。


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by urankkkao-ji | 2009-01-08 09:39  

別れゆく日々

しんみり記事が続きます。すんまへんです。
今日はうちんち母の祥月命日で。


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30年程前のこと。松が明けるのを待って、47歳の生涯を終えた母や
これまでの別れについての昔語りなど。

時が癒してくれる事は多いけれど、それでも切ない思いを抱えることもあるわけで。

思えばうちんちは、ヒトがこの世から去りゆく場所に幼い頃から立ち会う機会がありました。
母方の祖父は、トキオの自宅で親戚一同に見守られた在宅でのお看取りでした。
4歳頃のことでしたが、今でもハッキリと覚えています。

みんなに手を握られながら。うちんちの手を握ってくれた時は親戚一同、うらりの手を握る時が一番力はいってるわ~と囁いてくれたのでした。4歳児だから、それが無邪気に嬉しくて。

そして、母方の祖母を見送り、母方の伯父を見送り・・・
自死した父の兄を見送ったのは15歳の時。
そして、父方の祖母を見送り。

父方も母方もなにせ8人、9人の兄妹なものだから。
順番通りに行っても、お見送りするヒトが多いというのに。

母はかなりの順番を飛び越えて、入院してキッチリ7か月程で逝ってしまいました。
6月に入院して、余命6か月の宣告。
内科で胃ガンと診断され。その同じ病院の婦人科でも卵巣ガンと診断がおりていて。
病院内での情報の共有がまるでなされていなかった当時。
入院した時には既に末期的状態で。
医師からその宣告を受けて戻ってきた父の顔は真っ白に色を失っておりました。

とりあえず延命のために妊婦のように膨らんだ卵巣と腹水、胃の切除の手術が行われましたが、術後に医師は、

「転移がひどくて卵巣以外はそのまま閉じました」と、

消え入るような声で話しました。
申し訳なさそうに、優しくそう告げてくださったのは婦人科の医師で。
母は絶大な信頼をその医師に置いていました。

白衣をなびかせながら堂々と闊歩する内科の医師は、カスベとあだ名を付けられて、
うちんち一家には大層評判の悪い医師でした。まことに、患者や家族の気持ちを逆なでする言動に優れた医師で。今でもやり場のない怒りを持ってその顔を思い出します。

何故、ただの胃炎だって半年も言い続けたのか。
何故、他の科との情報交換をしてくれなかったのか。

「お腹が腫れてきた?それ、太ってるからでしょ。胃炎なのになんで太れるかな~」

それは、そっちが調べてくれることでしょうが!と今なら食い下がるところですが。
19歳のうちんちには、それもできないまま。入院後に。余命の宣告後に。
病棟の廊下ですれ違うたびにキッと睨み付けることしかできませんでした。

術後は、母の病室に寝泊まりして4か月。その年は大学にも殆ど行かず、
取れた単位は2単位でした。
まだまだ、ガンは不治の病として恐れらていた当時。母には、胃潰瘍だと説明されたまま、
入院生活は続きました。春から夏。そして冬へと季節が移り。
病気に詳しい母は、ジブンでいろいろ調べては、

「私。ガンじゃない?」と。幾度も幾度も訊くのでした。

12月の年の瀬が押し詰まった頃。既に随分と痩せてしまった母の側で横になりながら、
それでも、6か月は過ぎたじゃんと。希望も少しは持っていたのだけれど。
最後に腹水を抜く処置をした後に、容態は急変し。
モルヒネで、昼夜夢をみているようにでもそれまではあった意識がとうとうなくなりました。

血圧計を見ながら、泣きだしたうちんちをナースが厳しくしかりとばしました。

「まだ、大丈夫だから。おかあさんには聞こえているんだから。泣くんじゃないっ!」

と叱りつけながら、母の名前を呼び、
「聞こえてるよね、瞬きしてごらん」と声かけし続けてくれたのでした。
それから4日程。母は、頑張り抜いて。親戚がみんな側に来られてお別れが言えるように。
頑張り続けて。最後に大きく一息吸い込んで。逝ってしまいました。

ああ。息を引き取るって・・・本当なんだなぁと。
泣きじゃくりながらもうちんちはそんなことを考えていました。

既に意識がなくなってからも、母の唇が乾いて割れてしまうのを防ぐために
グリセリンを塗ったり、朝も夜も顔を拭いて乳液をつけたり。
そしてその度に、母の頬にジブンの頬をくっつけてしばし過ごしたことを。
今でも時々思い出します。

そして、優しく強く母を支え続けた父が、嗚咽をこらえている姿を。
亡骸の枕元で、何時までも何時までも静かに涙している姿を。
今でも時々思い出します。

それからいくらも経たないうちに、友人達ががその若さで去って逝き。
生の無常ということについて、嫌というほど考えさせられたのでした。


今も、押し入れの中、箪笥の中に残る母の形見。
食器や調理器具もお塩やお砂糖を入れるホーローのつぼも。
母の使っていたものを今も使っています。

料理を教えていた母に、もっといろいろ教えてもらえば良かったな。
と。巨大なプロ仕様の泡立て器を使うたびに。
思ったりするのでした。

母の年齢を超えて、まだまだ母には及ばない料理の腕。←当たり前
これからも、母の残したレシピ。うちんちの舌にだけ残るレシピで、
時々は、美味しいものをつくってみるね。

ママの得意のストロベリーパイは、きっと一生かかっても無理だと思うけどもね。うん。



おまけ   ダイエットはどうした~
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まだまだ肉を食い続けるうちら。スペアリブは父の大好物だったし。←言い訳。

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by urankkkao-ji | 2009-01-08 08:59 | 病気の話